東京地方裁判所 平成6年(ワ)16290号 判決 1996年10月18日
原告
テイエム技研株式会社
右代表者代表取締役
竹園正継
右訴訟代理人弁護士
神田英一
右輔佐人弁理士
小山輝晃
被告
省建工業株式会社
右代表者代表取締役
平田篤之
右訴訟代理人弁護士
和田裕
同
小柴文男
主文
一 被告は、別紙目録記載の製品を製造し、販売してはならない。
二 被告は、その占有する前項記載の製品を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金二四五九万円及び内金一五二六万円に対する平成六年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は、被告の負担とする。
五 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、原告が、後記一の特許権に基づき、別紙目録記載の鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具(以下「被告製品」という。)の製造販売業者である被告に対して、被告製品の製造販売が右特許権を侵害するものとして、被告製品の製造販売の差止め及び被告製品の廃棄、並びに、不法行為に基づく特許法一〇二条二項所定の実施料相当額の損害賠償又は同額の不当利得の返還、及び、本件訴訟提起までの金額に対する不法行為後(不当利得につき催告日の翌日)である本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ請求している事案である。
一 基礎となる事実
1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を、東急建設株式会社(以下「東急建設」という。)と持分二分の一の割合で共有している(甲一)。
(一) 特許番号 第一二四三三〇五号
(二) 発明の名称 鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具
(三) 出願 昭和五四年一一月二〇日
(四) 出願公告 同五九年三月九日
(五) 登録 同五九年一二月一四日
2 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである(争いがない。)。
3 本件発明の構成要件は、次のとおりである(右の2の事実及び甲二)。
A 同一平面上の少なくとも内外二重の無端状の金属製環状体と
B これらの環状体を互いに連結する複数の連結杆と
C から成る鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具
4 被告は、平成三年四月ころから、被告製品を、業として製造販売している(争いがない。)。
5 被告による被告製品の売上は、少なくとも、平成三年四月から、本件訴訟提起前の同六年七月までは、三億〇五二八万円、同年八月から、同八年三月までは、一億八六六〇万円であり、合計四億九一八八万円である(争いがない。)。
二 争点
1 被告製品が、本件発明の技術的範囲に属するか否か。
2 実施料相当額
三 争点についての当事者の主張
1 争点1(本件発明の技術的範囲の属否)について
(一) 原告の主張
(1) 被告製品の構造を分説すると、被告製品は、
ア 無端状の金属製の内側円形環状体2と、無端状の金属製の外側の第一正方形環状体3と、
イ 該第一正方形環状体3に対して四五度の回転角度差をもって各辺において該第一正方形環状体3に固定された第二正方形環状体5と、
ウ 該第二正方形環状体5の四隅の内側から取り付けられ、前記内側円形環状体2と前記第一正方形環状体3とを連結する四本の棒状鉄筋4とを有し、
エ これら内側円形環状体2と第一正方形環状体3とが同一平面上にある
オ 鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具
である。
(2) 右の被告製品の構造を本件発明の各構成要件と対比すると、次のとおり、すべての要件を充足する。
① 被告製品の構造のアとエの組合せは、本件発明の構成要件Aと同一である。
② 被告製品の構造ウは、本件発明の構成要件Bと同一である。
③ 被告製品の構造オは、本件発明の構成要件Cと同一である。
④ 被告製品の構造イは、本件発明の構成とは無関係の付加事項である。
(3) 本件発明の作用効果は、次のとおりである。
① 本件発明の補強金具は、無端の完全なループ状に形成した少なくとも内外二重の金属製環状体が同一平面上で互いに連結杆により連結されているので、当該補強金具を埋設した鉄筋コンクリート梁にせん断力が作用し、右環状体に引張力等が作用しても、右環状体は応力伝達がスムーズに行われて十分な耐力を有するため、鉄筋コンクリート有孔梁のクラック防止に有効である。
② 当該補強金具は、平面的形状であるので、型枠の取付後においても梁せん断補強筋のあばら筋に取付容易にして施工が簡単であると共に、型枠内に上方からコンクリートを打込んでもその重量によって変形することがなく、またスペースをとらずに運搬及び保管が容易であり、構造簡単にして廉価に得られる。
(4) 被告製品と本件発明とは、その作用効果も同一である。
(5) よって、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。
(二) 被告の主張
(1) 構成要件Aについて
① 原告は、被告製品の無端状の金属製の外側の第一正方形環状体3が、構成要件Aの外側の無端状の金属製環状体に該当すると主張するものであるが、以下に述べるとおり右の主張は失当である。
第一正方形環状体3は、鉄筋コンクリート有孔梁の補強という機能面からみる限り、これだけを取り上げてみても実質的又は実際的には役に立たないものであり、第二正方形環状体5と一体になってはじめて所望の本来の補強強度を達成し、補強金具の主要な一つの要素として役立つものであり、いずれか一方を欠いてはその本来の機能を発揮できないのであるから、第一正方形環状体3を第二正方形環状体5と切り離して補強金具の一要素として捉えることはできない。
原告は、第二正方形環状体5が単に付加的なものにすぎないとして、これを第一正方形環状体3と切り離して主張するが、これは誤りである。もし、第二正方形環状体5が単に付加的なものにすぎないというのであれば、これを加えた場合とそうでない場合とでは、補強強度は単に足し算的な付加的な違いが出てくるだけであるといってよいが、被告製品の場合はそうではなく、第二正方形環状体5が存するのと存しないのとでは補強強度に雲泥の差が現れるのであり、被告製品は、第一正方形環状体3と第二正方形環状体5を一体化することによって、顕著な相乗効果を有するものである。
被告製品のように、第一正方形環状体3と第二正方形環状体5とからなる構成と、第一正方形環状体3のみからなる構成(内側円形環状体2及び棒状鉄筋4の構成は共通とする。)とで、その補強強度にどのような相違があるか、比較実験のデータを用いて説明する。一九九〇年工学年次論文報告集所収の「鉄筋コンクリート有孔梁のせん断伝達に関する実験研究」と題する論文(乙四の3)の図5及びこれについての本文の説明の記載によると、試験体として金物Aを補強金物として使用し、これを鉄筋コンクリート有孔梁の両端にそれぞれ一枚ずつ計二枚配置した場合に比べ、金物Aに金物Bを四五度傾斜させて組み合わせたもの(被告製品の構成と同じもの)を同じく計二枚設置した場合は、その孔周り補強筋比の増加の割合を超える耐力の増加が認められ、足し算的効果ではなく、組合せによる相乗効果が現れていることが分かるのであり、被告製品の構成では、明らかに相乗効果が認められるのである(乙四の2の図8も同旨である。)。
そして、一般に、二つのものを組み合わせて使用した場合の効果が、単体で使用した場合と比較して相乗効果が現れているときは、その二つのものは有機的に結合しているとみるべきであって、機能的にみれば、両者は一体のもの、つまり、独立した一つのものとして評価すべきものである。被告製品は、まさにこの場合であって、第一正方形環状体3と第二正方形環状体5とは、機能的にみれば、有機的に結合された一つの独立した補強材として評価すべきものである。
このように、被告製品の第一正方形環状体3と第二正方形環状体5は、機能的にみる限り、一体不可分のものとして見なければならないものであり、第一正方形環状体3のみを形式的に取り上げて、構成要件Aの外側の無端状の金属製環状体に該当すると主張することはできない。
原告は、後記のように、被告提出の実験結果においても、金物A単体で、ある程度の補強効果があるから、両者を分離して考えてもかまわないと主張するようである(なお、金物Aは、原告主張のように被告製品から第二正方形環状体5を取り除いたものではなく、第一正方形環状体3を取り除いたものである。)。
しかし、第一正方形環状体3と第二正方形環状体5は、両者が一体となってはじめて本来の大きな補強効果を得ることができる構造になっている限り、両者を分離することは、その構造が有している機能を無視していることに他ならないのであって、形だけの異同を検討する場合であれば格別、形及びその背後にある機能(作用効果)の双方の異同について検討すべき場合にその機能(作用効果)を無視することは許されない。しかも、金物Aだけの補強強度では、耐力が不十分であって、補強金具としては、実質的に役立たないものであるといってよいから、第一正方形環状体3と第二正方形環状体5とを分離することはこの意味でも許されない。
そして、このように両者を一体とみるべき以上は、被告製品の第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5は、もはや環状体とはいえないのだから、被告製品は、構成要件Aの外側の無端状の金属製環状体に該当すべき構成要素を何ら有していない。
なお、被告製品の第一正方形環状体3と第二正方形環状体5を分離し、後者が単なる付加的事項にすぎないと仮定しても、構成要件Aにいう「環状体」とは、通常の用語例によれば「輪」の形をしたものを意味するものであるので、本件明細書において多角形を含むものと記載されていても、それは限定的に解釈すべきものというべきであるから、本件発明が内側と外側の環状体によって本来の強度を獲得していること及び実施例の形態に照らす限り、内側の環状体が円形であり、外側の環状体が四角形であるような被告製品の形態を含まないものであるというべきである。
② 原告は、被告製品の無端状の金属製の内側円形環状体2が、構成要件Aの内側の無端状の金属製環状体に該当すると主張するものであるが、以下に述べるとおり右の主張は失当である。
ア 被告製品の内側円形環状体2は、補強効果が達成される原理からいえば、構成要件Aの内側の無端状の金属製環状体とは一八〇度違った作用効果を果たしている。すなわち、本件発明では、外側ないしは中間の無端状の金属製環状体がクラックによる引張力の作用を受けるのに対し、内側の金属製環状体は、クラックによる圧縮力の作用を受けるものであるが、被告製品の内側円形環状体2は、外側の第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5と同様に、クラックによる引張力の作用を受けるものである。
本件発明において、補強金具としての本来の効果である補強効果について、本件明細書では、「十分な耐力を有してクラック防止に有効であ」ると記載しているが、この補強効果がいかなる原理によって達成されるかを説明している箇所をみると、「発明の詳細な説明」欄に、本件発明の補強金具を鉄筋コンクリート梁に埋設して所定の方法(第9図)で荷重をかけると、「梁にクラックが入った後、クラックの進行とともに、コンクリートの体積膨張が生じ」、また、「中間環状体1c及び外側環状体1aに大きな引張力が作用し、内側環状体1bには圧縮力が生じる」という実験結果を明らかにし、次いで、このことに基づいて「孔の周辺部に放射状の外方に向う力が作用しているとすれば、この放射状の力が中間及び外側環状体1c、1aに引張力として作用し、そしてこれら環状体1c、1aの引張力が内側環状体1bには体積膨張による圧縮力として作用」すると、その力学的作用原理を説明している。そして、その上で、本件発明が所定の補強効果を上げる理由として、「環状体に引張力が作用しても環状体は応力伝達がスムーズに行われ」ると記載している。
また、本件発明の審査経過の中で原告が提出した意見書(以下「本件意見書」という。)では、右の理由を敷衍して、「外側の環状体に引張力が内側の環状体に圧縮力が作用してもこれら環状体はそれぞれ応力伝達がスムーズに行われ十分な耐力を有すると共に、これら引張力及び圧縮力による応力の釣合機構が明確で、F・E・M・等による応力解析も可能で実験結果によく合致してクラック防止に有効であ」ると記載されている。
これに対して、被告製品の内側円形環状体2は、一九八九年工学年次論文報告集所収の「鉄筋コンクリート有孔梁のせん断補強に関する実験研究」と題する論文(乙四の2)の実験データから分かるように、第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5と同様に、クラックによる引張力の作用を受けるものである。
したがって、被告製品は、本件発明の金属製環状体のようにその内側と外側とで補強機能としての性質がそれぞれ異なるものでなく、内側円形環状体2と、第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5とは、補強機能としての性質が同じものであり、被告製品は、本件発明のように内外の環状体における引張力及び圧縮力によるいわゆる応力の釣合機構によって補強効果を上げるという原理によるものではない。
このように、被告製品は、本件発明とは明らかに異なる原理によって補強金具本来の効果である補強効果を達成しているものであって、両者は全く異なる技術思想によって補強効果を出している別個の技術であるといわなければならず、被告製品の内側円形環状体2は、構成要件Aの内側の無端状の金属製環状体に該当しない。
なお、原告は、後記のとおり、右の作用効果は、特定の実施例についての記載であり、内外の環状体に一般的・普遍的にあてはまるものではないと主張するようであるが、本件明細書において「以上のことは他の実施例についても同様にいえる」と記載されていること、本件意見書において「これら引張力及び圧縮力による応力の釣合機構が明確で」あると記載していることなどからいっても、原告の右の主張は理由がない。また、原告は、後記のとおり、被告提出の実験に使用された試験体は被告製品とは異なるから、被告製品の内側円形環状体2に引張力が作用することの根拠とはならないと反論するが、確かに、金物Aと金物Bは、被告製品のように相互に溶接したわけではないが、結束筋と呼ばれるはり金で一体にしたものであり、補強強度の評価において、被告製品とみなすことに何ら差し支えはない。
イ 本件発明の技術的範囲は、右アに記載した本件発明の補強効果の作用効果に着目する限り、本件明細書に具体的に記載された実施例に限定されるべきものであり、仮にそうでなくとも、少なくとも内外の環状体の釣合機構によって補強効果を発揮する形のものに限定されるべきものである。
しかるに、本件発明の実施例の中には、外側の環状体が四角形であってしかも四角形の環状体が四五度傾斜させて組み合わされている被告製品のような構造のものは何ら存しない。のみならず、被告製品は、各環状体の全てに引張力を作用させて所望の補強効果を出す補強金具であって、本件発明のように内外の環状体の釣合機構によって補強効果を出すというものではないのであるから、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属しない。
(2) 構成要件Bについて
原告は、被告製品の棒状金筋4が構成要件Bの連結杆に該当すると主張するものであるが、以下に述べる理由により、右の主張は失当である。
① 被告製品の四本の棒状鉄筋4は、第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5と、内側円形環状体2とを相互に連結しているものであり、原告が主張するように、第一正方形環状体3と内側円形環状体2だけを相互に連結しているものではない。前記のとおり、そもそも第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5は、これらを一体としてみるべきものである以上、かように第二正方形環状体5の存在を無視して構成要件該当性を論ずることは許されない。
本件発明の連結杆は、本件公報四欄二六行から三三行に記載されているように、外側の環状体には引張力を、内側の環状体には圧縮力を、それぞれスムーズに伝達する機能を果たしているものであるところ、被告製品の棒状鉄筋4は、第一正方形環状体3と内側円形環状体2のいずれの補強筋にも引張力が有効に作用するように機能しているものであり、その補強機能を異にするから、棒状鉄筋4は、構成要件Bの連結杆に該当しない。
③ 被告製品の棒状鉄筋4と第二正方形環状体5及び内側円形環状体2との間は、相互に溶接されており、これによって、棒状鉄筋4は、本件発明のように単なる連結杆としての機能ではなく、独立の一個の補強材としての機能を果たしているのである。
④ 被告製品の棒状鉄筋4は、第二正方形環状体5と内側円形環状体2を結合していることからすると、本件発明のように同一平面上にある内外の環状体相互を連結するものではない。
(三) 原告の反論
(1) 被告の主張(1)に対して
① 第一正方形環状体3について
被告が提出した実験結果(乙四の2・3)について、原告はその内容をそのまま受け入れるものではないが、これによっても、被告製品から第二正方形環状体5を取り除いた金物Aについて、無補強のものに比べ最大耐力が大きく、補強効果が現れたとされており、その鉄筋コンクリート有孔梁の補強効果が認められているのであり、被告製品の第一正方形環状体3は第二正方形環状体5と一体にならない限り、補強効果を有しないとする被告の主張は誤りであり、被告製品から第二正方形環状体5を取り除いたものでも補強効果があることが明らかにされているのである。
被告提出の実験結果からは、被告製品から第二正方形環状体5を取り除くと、補強効果がゼロになるということは到底読みとることができないのであり、被告製品は、たとえ第二正方形環状体5を取り除いたとしても、本件発明の作用効果を実現するものであるから、第一正方形環状体3が構成要件Aの外側の無端状の金属製環状体に該当することは疑いがない。
したがって、これに第二正方形環状体5を付加することで、仮に補強効果が顕著に増大しても、第一正方形環状体3が構成要件Aを充足することに何ら変わりはない。
なお、被告は、構成要件Aの「環状体」は、「輪」を意味するのであり、四角形を含まないから、第一正方形環状体3は構成要件Aの環状体ではないと主張するが、「環状体」という言葉の意味は必ずしも「円形」に限定されるものではなく、「環」という漢字の持つ意味の中には、「とりまくもの」という意味もあり、加えて本件明細書には実施例第7図として環状体は多角形のこともあることが示されているのであるから、被告の主張には根拠がない。
② 内側円形環状体2について
被告は、本件発明の内側の金属製環状体は圧縮力の作用を受けるのに対して、被告製品の内側円形環状体2は引張力の作用を受けることを理由として被告製品が本件発明の構成要件Aに該当しない旨の主張をするが、本件明細書の特許請求の範囲の記載には、内側の金属製環状体について、被告主張のような「圧縮力を受ける」という限定はなされておらず、これにどのような力が作用するかなどということは不問の事項である。
本件公報三欄三一行ないし四欄二五行の記載は、ある特定の実施例について特定の条件において行った載荷試験(せん断試験)の結果を述べたものにすぎない。そこで記載されている実施例は、特定の寸法を持つ外側、中間、内側の三つの環状体を有する第2図記載の構成の補強金具であるが、特許請求の範囲記載の補強金具の環状体の数は二以上であれば、その数は具体的に特定されないものである。この意味において、かかる実施例についての具体的試験結果(例えば、せん断力を加えた場合に、特定の環状体に作用する力が、引張力か圧縮力か等)は、特許請求の範囲記載の補強金具の環状体に一般的・普遍的に当てはまるものではない。右の試験結果によれば、その特定の補強金具について、ストレンゲージを貼付した特定の位置で、外側及び中間の環状体に引張力が、内側の環状体に圧縮力が作用したことが示されているが、その結果は、あくまで特定の実施例の試験体についてのものにすぎない。補強金具の特定の環状体の特定の部分に作用する力が、引張力か圧縮力かなどというのは、環状体の数、その具体的寸法、間隔、梁への補強金具の設置状況、載荷方法、試験方法(環状体のどの部分にストレンゲージを貼付するのか等を含む。)等により一定しないものである。
そして、右の試験結果が示す重要なことは、(コンクリートに比較して、引張力及び圧縮力に対する抵抗力(強度)が大きく、したがって、コンクリートを補強することができる)金属製の環状体と連結杆とからなる補強金具を埋設した有孔梁に負荷を与えたときに、環状体に引張力又は圧縮力が作用し、該環状体がそのような作用力に抵抗を示したことが確認されたことであり、内外いずれの環状体にいずれの作用力が作用したかではない。すなわち、内外いずれの環状体にいずれの作用力も及ばなかったとすれば、有孔梁にそのような補強金具を埋設することが無意味であること(補強目的を達成しないこと)を示すものであるところ、いずれかの作用力が環状体に及び、それに対して環状体が抵抗したことが確認されたのであるから、本件発明の特定の実施例が補強金具として本件発明の目的を具体的に達成するものであることが実証されたということを意味するのである。
右に述べたことは、本件発明の効果に関する本件公報の「このように本件発明の補強金具によると……当該補強金具を埋設した鉄筋コンクリート梁にせん断力を作用させて環状体に引張力が作用しても、環状体は応力伝達がスムーズに行われて十分な耐力を有してクラック防止に有効であ」るとの記載(四欄二六行から三九行)からも明らかである。つまり、本件発明の効果については、「環状体に引張力が作用しても」と記載されてはいるが、引張力が作用する環状体がどの環状体であるのかについては特定されておらず、またそのような特定が不可能であることは、環状体の数を特定しない特許請求の範囲の記載から明らかである。
結局、仮に、被告製品の内側円形環状体2が圧縮力でなく、引張力を受けるとしても、それが有孔梁の補強の役割を担っていることは明らかである。特許請求の範囲の記載からも、内側の環状体が受ける作用力は圧縮力でなければならないという限定はないから、被告の主張は、理由のない限定解釈に基づくものであるといわなければならない。本件発明の技術思想の本質からは、被告製品の内側円形環状体2に引張力が作用したのか、圧縮力が作用したのかは重要な問題ではなく、内側円形環状体2が有孔梁の補強の役割を担っている以上、特許請求の範囲に記載される「内側の無端状の金属製環状体」に該当することは明らかである。
なお、被告提出の実験結果についていえば、その実験に使用された金物Aと金物Bを組み合わせたものは、被告製品のように溶接されたものではないことは被告も認めるところであり、このように明らかに被告製品でないものを実験の対象としても、被告製品が本件発明の構成要件を充足しないことの科学的論証とはいえないことは自明である。
(2) 被告の主張(2)について
被告は、被告製品の棒状鉄筋4について、第一正方形環状体3と内側円形環状体2を連結していることは認め、ただ、これが、第二正方形環状体5までも連結することを根拠として、被告製品が本件発明の構成要件Bに該当しない旨の主張をするが、そのことは、本件発明の構成要件の充足に何ら影響しない。
また、被告は、被告製品の棒状鉄筋4について、本件発明の連結杆との機能の差異について主張するが、本件発明の連結杆は、本件明細書の特許請求の範囲の記載から明らかなように、内外二重の金属製環状体を互いに連結するものであり、被告が主張するような力の伝達機能についての限定はない。
さらに、本件発明の効果に関する本件公報の前記の記載部分をみても、本件発明の連結杆の役割が、被告主張のように、圧縮力の伝達を行うという限定されたものでないことは明らかである。右の記載箇所において「環状体は応力伝達がスムーズに行われて」とされているのは作用する引張力が一つの環状体のみならず、他の環状体によっても抵抗するように、一つの環状体から他に負担を分担させることであり、これは、いうまでもなく、環状体を連結することによってなしうることである。すなわち、環状体が連結されている場合には、連結された環状体が一体的に外力に対抗し、連結されていなければ、各環状体がそれ自体のみで外力に対抗しなければならないことになる。本件発明では、連結杆により環状体を相互に連結し、取り扱い易くすると共に、一つの環状体の応力を他の環状体に伝達するようにしているのである。
このように、被告製品の棒状鉄筋4が内側円形環状体2と外側の第一正方形環状体3とを連結し、応力の伝達がなされている以上、棒状鉄筋4は構成要件Bの連結杆に該当する。
なお、前記のとおり、被告提出の実験結果は被告製品を対象とするものではないから、右の被告の主張は何ら根拠のないものである。
2 争点2(実施料相当額)について
(一) 原告の主張
(1) 本件特許権者が、本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額は、左記の事情と本件発明の技術内容、その他諸般の事情を総合考慮すると、少なくとも製品販売価額の一〇パーセント相当額であると考えるのが相当である。
(2) 本件発明は、建設技術に関するものであるところ、社団法人発明協会発行の「実施料率(第四版)」では、建設技術に関する最近の資料として、昭和六三年度から平成三年度の期間について、イニシャルペイント(契約時の頭金の支払)の無いもの二一件において、実施料率は、四五パーセント一件、二〇パーセント一件、六パーセントが最も多く一一件、以下、四パーセント一件、三パーセント一件、二パーセント五件、一パーセント一件となっており、これらを平均すると、7.09パーセントとなる。そして、以下の本件における事情を総合的に考慮すると、原告の一〇パーセントの主張は極めて正当なものであることが明らかである。
(3) 原告は、本件特許権の他の共有権者である東急建設との間の契約に基づき、東急建設に対し、原告の本件発明の実施製品(商品名「ウエブレン」)につき、実施料として、原告の工場出荷価格の三パーセントを支払っている。また、右契約では、東急建設が原告から右実施製品を購入する場合、原告は第三者への販売価格の一〇パーセントから一五パーセントを割り引いた価格で販売することが合意されており、これを勘案すると、原告が東急建設に支払っている実施料率は、実質的には工場出荷価格の四パーセントを超えるものとなる。
(4) さらに、右契約上、原告は東急建設に対し、本件発明の実施製品の販売促進の義務を負担しているところ、開孔補強筋という商品は、原告の本件発明が実施されるまでは、社会的に認知されておらず、原告は、本件発明の出願前はもちろんのこと本件特許権取得後も、実験による改良や広告宣伝のために多額の支出を行ってきており、この原告の努力により、それまで商品として認知されていなかった開孔補強筋が市民権を得ることができ、その市場が確立された。そして、原告が開孔補強筋の市場を確立し維持するために支出した費用は、累積数億円にも上るところ、これにより現在の原告のウエブレンが市場性を維持することが可能となっていて、その結果、東急建設に実施料を支払うことができるのであるから、原告の行った支出は、東急建設に対する形を変えた実施料と考えることができる。このように、実際上、原告が東急建設に支払っている実施料の実質的な料率を知るためには、東急建設に対する前記販売価格の割引の約定のほかに、右の販売促進の義務の約定も併せて考慮する必要があり、そうすると、その実施料率は、契約書上の表面的な数字である三パーセントをはるかに超え、実質的には、控えめに見積もっても五パーセントを下回ることはないということができる。
(5) 原告と東急建設との間には、本件発明について特許権を得る前からの長年にわたる友好的な関係が存在しており、契約により実施料率が定められる際にも、当時まだどれだけ生産し販売することができるか分からなかった原告を支援する意味で、東急建設は実施料率を相当程度低く抑制したのである。このように、原告が東急建設に支払っている実施料の料率は、原告と東急建設との特別な関係を前提とするものであるところ、被告は原告が行ってきたような市場確立のための努力を一切行うことなく、他人の発明の成果を無断で使用し、経済的な利益を得ているのであり、このような全くの無権利者の損害賠償責任を定める際には、東急建設の得ている実施料率にそのまま準拠することは相当ではなく、これよりも相当程度高率にしなければ、特許法一〇二条二項の認める「通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭」とは考えられない。
(6) 被告製品の売上額は、前記のとおり、合計四億九一八八万円(本件訴訟提起までは三億〇五二八万円)であるから、本件特許権者が受けるべき実施料相当額は、その一〇パーセントに当たる四九一八万円(本件訴訟提起までは三〇五二万円)となるべきところ、原告は、本件特許権について、二分の一の共有持分を有するので、原告の持分に対する実施料相当額は、その二分の一である二四五九万円(本件訴訟提起までは一五二六万円)となる。
(二) 被告の反論
原告と東急建設との関係は知らないが、通常の実施料としては、販売価額の三パーセントが相当であり、原告の主張は失当である。
第三 争点に対する判断
一 争点1(本件発明の技術的範囲の属否)について
1 本件発明の目的、構成及び効果
証拠(甲二)によれば、本件発明の目的、構成及び効果は、次のとおりであると認められる。
(一) 鉄筋コンクリート梁に開孔する場合、該開孔の周縁が強度的に弱くなるため、該周縁に補強筋を設けることが一般に行われている。そして、その施工は、本件公報の第1図のように、孔aを挟む二個の平行四辺形状になるように複数の補強筋bを現場において適宜設置することによって行われている。
しかし、この施工によれば、各現場においてこれらの補強筋を設置させる必要があり、手間がかかり施工が困難であるとともに、設置状態にバラツキが多く十分な開孔周縁部の強度が得られない欠点があった(本件公報一欄三五行から二欄九行)。
本件発明は、これらの欠点を解消した補強金具を提供することを目的として、特許請求の範囲記載の構成、すなわち、鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具について、同一平面上の少なくとも内外二重の無端状の金属製環状体と、これらの環状体を互いに連結する複数の連結杆とから成る構成を採用した(同二欄九行から一三行)。
(二) 本件発明は、右のような構成を採ることにより、次の効果を奏する(同四欄二六行から三九行)。
(1) 無端の完全なループ状に形成した少なくとも内外二重の金属製環状体が同一平面上で互いに連結杆により連結されているので、補強金具を埋設した鉄筋コンクリート梁にせん断力が作用して、環状体に引張力が作用しても、環状体は応力伝達がスムーズに行われて十分な耐力を有してクラック防止に有効である(以下、本件発明の右の効果を「本件発明の補強効果」という。)。
(2) 補強金具が平面的形状であるので、型枠の取付後においても、梁せん断補強筋のあばら筋に、取付けが容易で施工が簡単であるとともに、型枠内に上方からコンクリートを打ち込んでも、その重量によって変形することがなく、また、スペースをとらずに運搬及び保管が容易であり、構造が簡単で廉価に得られる(以下、本件発明の右の効果を「本件発明の他の効果」という。)。
2 対比
(一) 本件発明の構成要件Aの「同一平面上の少なくとも内外二重の無端状の金属製環状体」について
(1) 当事者間に争いのない被告製品の構造によると、被告製品は、「無端状の金属製の内側円形環状体2と」、「無端状の金属製の外側の第一正方形環状体3と」を有し、「これら内側円形環状体2と第一正方形環状体3とが同一平面上にある」のであるから、これら二つの環状体が、本件発明の構成要件Aの「同一平面上の……内外二重の無端状の金属製環状体」に該当することは明らかである。
(2) 被告の主張の検討
① 被告製品の「外側の第一正方形環状体3」について
右のとおり、被告製品の「外側の第一正方形環状体3」は、本件発明の構成要件Aの「外」側の「無端状の金属製環状体」に該当するものであるが、この点についての被告の各主張を検討すると、以下に述べるとおり、いずれの主張も失当である。
ア 被告は、被告製品の「第一正方形環状体3は、鉄筋コンクリート有孔梁の補強という機能面からみる限り、これだけを取り上げてみても実質的又は実際的には役に立たないものであり、第二正方形環状体5と一体になってはじめて所望の本来の補強強度を達成し、補強金具の主要な一つの要素として役立つものであり、いずれか一方を欠いてはその本来の機能を発揮できないのであるから、第一正方形環状体3を第二正方形環状体5と切り離して補強金具の一要素として捉えることはできない。」と主張するが、被告製品の第一正方形環状体3が、その鉄筋コンクリート有孔梁の補強機能において実質的又は実際的に役に立たず、本件発明の補強金具の構成要素の一つとして機能していないことを認めるに足りる証拠は全くないばかりか、被告提出の証拠によれば、第一正方形環状体3は、鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具の構成要素として、重要な補強機能を果たすものと認めることができる。
すなわち、まず被告提出の一九九〇年工学年次論文報告集所収の「鉄筋コンクリート有孔梁のせん断伝達に関する実験研究」と題する論文(乙四の3)についてみると、右の実験は、その試験体の補強金物として、「金物A」と「金物B」の二体を使用し、鉄筋コンクリート有孔梁に、①補強金物を全く設置しない場合、②金物Aを二枚設置した場合、③金物Aに金物Bを四五度の傾斜で組み合わせたものを二枚設置した場合における、それぞれの耐力(補強効果)の比率等を実験したものであるところ、その図5によると、耐力が、②の場合と、③の場合は、①の場合に比べ、それぞれ1.16倍、1.46倍となったこと、及び、これは各補強筋量の増加率以上の増加率であることが認められる。しかしながら、その試験体の構造についてみると、②の場合に使用した金物Aの構造は、被告製品から、第一正方形環状体3を取り除いたもので、他方、金物Bは被告製品の第一正方形環状体3と同一の構造であって、③の場合に使用した金物Aに金物Bを組み合わせたものは、溶接によらない点で異なるほかは、被告製品と同一構造であると認められるのであり、右の実験結果によると、第一正方形環状体3(金物B)は、これが加わることによって、その補強筋量の増加率以上の耐力(補強機能)の増加をもたらすもので、重要な補強機能を果たしていることが認められる(被告も、金物Aだけの補強強度では、耐力が不十分であって、補強金具としては実質的に役立たないものであると主張している。)。また、被告提出の一九八九年工学年次論文報告集所収の「鉄筋コンクリート有孔梁のせん断補強に関する実験研究」と題する論文(乙四の2・二九頁)によると、被告製品の第一正方形環状体3と同一の構造の金物Bは、せん断力により生じる、孔周りひび割れに見られる、孔部対角ひび割れと、孔部接線ひび割れの双方に対して、ほぼ直行しているため、せん断力に対して補強効果が大きいとされていることが認められる。さらに、被告製品の有効性に関する実験結果の研究結果(乙一〇の3)は、被告製品を使用した鉄筋コンクリート有孔梁の最大せん断強度は、ほぼ広沢実験式で評価することができるが、その際に、被告製品の補強量(鉄筋量)の評価としては、第二正方形環状体5も補強金物として有効に働いていると考えて、第一正方形環状体3及び内側円形環状体2と同じく四五度の斜め筋一本と等価と考えて、合計三本の四五度の斜め筋と等価と考える評価方法よりも、第一正方形環状体3及び内側円形環状体2をそれぞれ四五度の斜め筋一本と等価と考えて、第二正方形環状体5については、縦筋の定着用と考え、一本の縦筋と等価と考える評価方法の方がよいと結論づけている。これらによると、被告製品において、第一正方形環状体3は、鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具の構成要素として重要な補強機能を果たしていることは明らかである。
以上のとおり、第一正方形環状体3の補強機能に関する被告の右の主張は理由がない。
また、被告は、被告製品の第一正方形環状体3が本件発明Aの「外」側の「金属製環状体」に該当することを否定する理由として、「第一正方形環状体3は、第二正方形環状体5が加わることによって、その補強効果(耐力)において、単に足し算的効果ではなく、これらの組合せによる顕著な相乗効果が認められるから、両者を一体不可分のものとしてみなければならない」旨主張するが、被告の右の主張は、被告製品の第一正方形環状体3が、本件発明の構成要件Aの環状体とは異質の作用効果を奏することを主張するものではなく、これと同様に、鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具の構成要素として、鉄筋コンクリート有孔梁を補強する作用効果を奏すること自体は認めるものであることは、その主張の全体の趣旨自体から明らかであり、前記認定のとおり、第一正方形環状体3は重要な補強機能を果たすものである。そして、被告製品の「無端状の金属製の外側の第一正方形環状体3」が、本件発明の構成要件Aの「外」側の「無端状の金属製環状体」と同一の構成である以上、右要件に該当することは明らかであり、後記のとおり、被告製品は、本件発明の他の構成要件もすべて充足し、本件発明と同じ効果を奏するものであることからすれば、第一正方形環状体3に第二正方形環状体5が加わっていても、この付加された構造は、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かを定める上において何ら意味をなさないものといわざるを得ない。また、このことは付加された構造により顕著な効果が現れ、特許の要件を備えるに至る場合であっても同じであり(特許法七二条参照)、両者の組合せによる顕著な相乗効果が認められる場合には両者を一体不可分のものとしてみなければならない旨の被告の主張は、被告独自の見解であって、到底採用することができない。
なお、付言すると、被告製品の「外側の第一正方形環状体3に対して四五度の回転角度差をもって各辺において該第一正方形環状体3に固定された第二正方形環状体5」についてみると、証拠(甲三、甲四の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば、右第二正方形環状体5も、第一正方形環状体3と同様に無端状の金属製のものであると認められ、本件発明の構成要件Aの「外」側の「無端状の金属製環状体」と同一の構成であると認められ、第一正方形環状体3と第二正方形環状体5とは、各々右の要件に該当するということもできるから、第一正方形環状体3と第二正方形環状体5の双方によって本件発明の作用効果を実質的に果たしている旨の被告の主張を前提としても、第一正方形環状体3と第二正方形環状体5が右の要件に該当することを否定することはできないのであって、この点からみても、被告の右の主張は理由がない(なお、第二正方形環状体5が、構成要件Aの他の「内」側の「無端状の金属製環状体」と「同一平面上の」との要件に該当するかについてみると、内側円形環状体2は、第二正方形環状体5の四隅の内側から取り付けられた棒状鉄筋4によって第一正方形環状体3と連結されているものであり、第二正方形環状体5の平面は、内側円形環状体2の平面と並列しているものの、この棒状鉄筋4の径の分だけ、各平面間にずれがあるものと認められるのではあるが、前記認定の本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載から認められる本件発明の目的及び本件発明の他の効果によれば、右の径の分のずれがあっても、第二正方形環状体5は内側円形環状体2と「同一平面上」にあることを肯認することができ、右の要件についても欠けるところはない。)。
イ 次に、被告は、「構成要件Aにいう「環状体」とは、通常の用語例によれば「輪」の形をしたものを意味するものであるので、本件明細書において多角形を含むものと記載されていても、それは限定的に解釈すべきものというべきであるから、本件発明が内側と外側の環状体によって本来の強度を獲得していること及び実施例の形態に照らす限り、内側の環状体が円形であり、外側の環状体が四角形であるような被告製品の形態を含まないものであるというべきである。」と主張するが、この主張も採用することができない。
すなわち、本件明細書の特許請求の範囲に記載されている「環状体」という用語の通常の意味についてみると、岩波書店発行の広辞苑第四版によれば、「環」とは、「輪」の形をなすものであり、「輪」とは、長いものをまげて円くしたものを意味するが、「環状」とは、「環」のような形を意味するものとされており、「環状線」の用語例にみられるように、その対象は、厳密な意味での図形上の円形に限られるものではなく、円形ではない形のものも包含する意味で用いられる用語であることは明らかである。そして、本件明細書の「発明の詳細な説明」には、環状体について、「例えば第7図示の如く環状体を円形の代りに多角形および、第8図のような渦巻状にしてもよい。」(本件公報三欄四行から六行)と明確に記載されているのであるから、特許請求の範囲に記載されている「環状体」は、右記載のとおりに、円形の他に、多角形を含む意義を有する用語として用いられていることは明らかである。そして、「多角形」とは、広辞苑第四版によれば、「三つ以上の線分で囲まれた平面図形」を意味するものであるから、第一正方形環状体3がこれに該当することは明白である。
② 被告製品の「内側円形環状体2」について
前記のとおり、被告製品の「無端状の金属製の内側円形環状体2」は、本件発明の構成要件Aの「内」側の「無端状の金属製環状体」に該当するものであるが、この点についての被告の各主張を検討すると、以下に述べるとおり、いずれの主張も失当である。
被告は、「被告製品の内側円形環状体2は、補強効果が達成される原理からいえば、構成要件Aの内側の無端状の金属製環状体とは一八〇度違った作用効果を果たしている。すなわち、本件発明では、外側ないし中間の無端状の金属製環状体がクラックによる引張力の作用を受けるのに対し、内側の金属製環状体は、クラックによる圧縮力の作用を受けるのであるが、被告製品の内側円形環状体2は、外側の第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5と同様に、クラックによる引張力の作用を受けるものであり、被告製品は、本件発明とは明らかに異なる原理によって補強金具本来の効果である補強効果を達成しているものであるから、両者は全く異なる技術思想によって補強効果を出している別個の技術であるといわなければならず、被告製品の内側円形環状体2は、構成要件Aの内側の無端状の金属製環状体に該当しない。」旨主張する。
そこで、本件発明の技術思想において、本件発明を構成する内側の金属製環状体が、被告主張のように、圧縮力の作用を受けるものとされているか否かについて検討すると、被告は、まず、その根拠として、本件明細書には、本件発明の補強効果の記載の前に、中間環状体1c及び外側環状体1aに引張力が作用し、内側環状体1bには圧縮力が生じる旨の記載があること(本件公報四欄一一行から一八行)を挙げている。
しかし、本件明細書の発明の詳細な説明の欄の記載によると、被告主張の記載部分は、本件発明の発明者によって行われた本件発明の特定の実施例についてなされた実験例、すなわち、本件発明の実施例のうち第2図に記載の実施例(外側の円形の環状体1aと内側の円形の環状体1bと、その中間の円形の環状体1cの3重の環状体からなる実施例)で特定の寸法のもの(各環状体が六ミリメートルの線径の硬鋼線で、各直径が、外側四〇〇ミリメートル、中間三一〇ミサメートル、内側二二〇ミリメートルのもの)を、特定の大きさの鉄筋コンクリート有孔梁(高さ五〇〇ミリメートル、幅三〇〇ミリメートル、長さ五〇〇〇ミリメートル)に埋設したものを用意して、これに特定の実験条件で、せん断力を作用させた実験例の測定結果が表として記載された上で(本件公報三欄三一行から四欄六行)、「上記の表の値で負の符号のあるものは圧縮力が作用していることを示す。ここで上記の表の測定結果についてみると、梁にクラックが入った後、クラックの進行とともに、コンクリートの体積膨張が生じる。このため中間環状体1c及び外側環状体1aに大きな引張力が作用し、内側環状体1bには圧縮力が作用している。そこで孔の周辺部に放射状の外方に向う力が作用しているとすれば、この放射状の力が中間及び外側環状体1c、1aに引張力として作用し、そしてこれら環状体1c、1aの引張力が内側環状体1bには体積膨張による圧縮力として作用し、前述の測定結果に一致する。してみると孔の周辺部には放射状に外方に向かう力が作用していると判断できる。そこでこのような放射状の力は力学的にみて環状体により受けるのが好ましく、従って、従来の孔の周辺の補強法に比べて該孔の周辺部の強度は高いものになる。以上のことは他の実施例についても同様にいえる。」として(同四欄七行から二五行)、右特定の実施例についてなされた実験例の測定結果についての検討が加えられた箇所に記載されたものであり、本件発明が有する一般的な効果については、この検討を受けて、その次に、「このような本件発明の補強金具によると、無端の完全なループ状に形成した少なくとも内外2重の金属製環状体が同一平面上で互いに連結杆による連結されているので、当該補強金具を埋設した鉄筋コンクリート梁にせん断力を作用させて、環状体に引張力が作用しても環状体は応力伝達がスムーズに行われて十分な耐力を有してクラック防止に有効であ」ると記載されているものであり(同四欄二六行から三三行)、本件発明の効果として、本件発明を構成する内側の環状体には圧縮力が作用することについて格別の記載はなく、むしろ、環状体に、鉄筋コンクリート有孔梁の孔の周辺部の放射状に外方に向かう力による引張力が作用することが記載されていることが認められるのである。
このように、被告指摘の記載箇所は、本件発明の構成による補強金具に一般的に認められる効果として記載されたものではなく、本件発明が有する補強効果を、本件発明の特定の実施例についてなされた実験例における測定結果に基づいて根拠づけるための箇所に記載されたものであり、また、右の記載内容によれば、その重点は、「本件発明の発明者が実施した本件発明の実施例である補強金具の実験結果によれば、鉄筋コンクリート有孔梁に入るクラックの進行とともに、コンクリートの体積膨張が生じるため、孔の周辺部に放射状の外方に向う力が作用し、この力が環状体に引張力として作用すると判断することができるが、このような放射状の力は力学的にみて環状体により受けるのが好ましいため、鉄筋コンクリート有孔梁に環状体を使用すると、従来の孔の周辺部の補強法に比べてその強度は高いものになること、そして、右のことは他の実施例についても同様にいえること」にあると認められるのであり、これが故に、これを受けて記載されている本件発明の構成によって一般的に認められる本件発明の効果として、「このように、本件発明の補強金具によると、無端の完全なループ状に形成……されているので、当該補強金具を埋設した鉄筋コンクリート梁にせん断力を作用させて、環状体に引張力が作用しても環状体は……十分な耐力を有してクラック防止に有効であ」ること(本件公報四欄二六行から三三行)が記載されているものと理解することができるものである。
このように、被告が指摘する中間環状体1c及び外側環状体1aに引張力が作用し、内側環状体1bには圧縮力が生じる旨の本件明細書の記載は、本件発明の補強効果を裏付ける実験例に使用された本件発明の特定の実施例の各構成部分について、特定の条件下での測定結果に関する記載にすぎないものであり、本件発明を構成する内側の金属製環状体一般について、クラックによる圧縮力の作用を受けるものと限定する趣旨で記載されたものではないことは、前記の本件明細書の記載上、明らかというべきであり、被告の右の点についての主張は理由がない。
次に、被告は、本件発明の審査経過の中で原告が提出した本件意見書に、「外側の環状体に引張力が内側の環状体に圧縮力が作用してもこれら環状体はそれぞれ応力伝達がスムーズに行われ十分な耐力を有すると共に、これら引張力及び圧縮力による応力の釣合機構が明確で、F・E・M・等による応力解析も可能で実験結果によく合致してクラック防止に有効であ」ると記載されていることを被告の前記の主張の根拠として述べている。
そこで、本件意見書の記載内容についてみると、本件意見書は、本件発明の特許出願に対して、特許庁審査官が、実開昭53―74923号の実用新案公報を引用して、本件発明の出願は特許法二九条一項三号所定の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物に掲げる発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものと認められることを理由として、同条二項の規定による拒絶理由を通知したのに対し、願書に添付した明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の各欄の記載を補正する手続補正書と同日に提出されたものであるところ、本件発明と右引用例に記載の発明との差異について、まず、「本発明の補強金具は、無端の完全なループ状に形成した少なくとも内外2重の金属製環状体が同一平面上で互いに連結杆により連結されているので、明細書の第5頁乃至第6頁で述べた如く当該補強金具を埋設した鉄筋コンクリート梁にせん断力を作用させて外側の環状体に引張力が内側の環状体に圧縮力が作用してもこれら環状体はそれぞれ応力伝達がスムーズに行われ十分な耐力を有すると共に、これら引張力及び圧縮力による応力の釣合機構が明確で、F・E・M・等による応力解析も可能で実験結果によく合致してクラック防止に有効であ」る、と記載され、他方、引用例の発明について、「これに対して、後引例(実開昭53―74923号公報)に開示の補強金具は内外2重のスパイラル筋とこれらを連結する継ぎ筋とからなり、その全体形状が筒形であり、本発明の如く平面的でない。更に後引例の補強金具の主たる構成のスパイラル筋はその両側に端部を有し本発明の補強金具の如く無端状の環状体でない。このように後引例の補強金具は両側に端部を有するスパイラル筋からなるので、前述の如く鉄筋コンクリート梁にせん断力が作用して該スパイラル筋に例えば引張力が作用した場合に、該スパイラル筋がその周囲のコンクリートから滑って径が大となるような拡張現象を生じ、かくて該スパイラル筋は前記引張力に対して十分耐えられなく、而も該引張力等による応力の釣合機構が不明確で、F・E・M・等による応力解析が困難である。」と記載されたものであると認められる(乙二、五、六、七の1)。
右の本件意見書の記載内容によれば、被告が指摘する「外側の環状体に引張力が内側の環状体に圧縮力が作用してもこれら環状体はそれぞれ応力伝達がスムーズに行われ十分な耐力を有すると共に、これら引張力及び圧縮力による応力の釣合機構が明確で、F・E・M・等による応力解析も可能で実験結果によく合致してクラック防止に有効であ」るとの記載は、前記の本件明細書の記載の中で、本件発明の補強効果について、本件発明の特定の実施例についてなされた実験例における測定結果に基づいて根拠づけをした記載部分を引用して述べられたものと認められるのであるから、前記認定の本件明細書の記載内容と併せて理解すれば、この本件意見書における引張力及び圧縮力の記載は、当該実験例における実施例を構成する各環状体に作用した力に対応して記載されたものであり、本件発明を構成する環状体一般に作用する力として特定して記載されたものではないと解するのが相当である。
また、本件意見書における本件発明に関する右の引張力及び圧縮力の記載は、特許庁が本件発明の出願に対する拒絶理由通知で引用した前記刊行物記載の発明と、本件発明との差異として、それぞれの補強金具に作用する力の違いとして記載されたものでないことは、前記の本件意見書の記載の内容上、明らかであるから、右拒絶理由に対する本件意見書中に本件発明に関して右の引張力及び圧縮力の記載部分があるからといって、本件明細書の特許請求の範囲に記載がないにもかかわらず、本件発明を構成する内側の金属製環状体について、圧縮力の作用を受けるものに限定して解すべき理由とはならないことは明らかである。
なお、被告が、本件発明の補強メカニズムを立証するとして提出する、原告が本件意見書に証拠方法として添付した本件発明に関する実験報告書(乙七の2ないし4)をみると、乙七の2には、外側の円形の環状体と内側の円形の環状体と、その中間の円形の環状体との三重の環状体からなる本件発明の実施品と認められる試験体について実施したせん断実験の結果として、鉄筋のひずみについて、「リング金物(図6)の中、外環は正負の繰り返し荷重に対し常に引張ひずみを生じた。内環は、中、外環に較べ引張ひずみが小さく、最終加力時には、中、外環は降伏し、内環は圧縮ひずみに転じた。」との記載が、乙七の3には、右と同じ構造の試験体について実施したせん断実験Ⅱの結果として、リング筋(円形の環状体)のひずみについて、「加力初期……と大変形時を除き、外環、中環、内環とも正負の繰り返し荷重に対し常に引張ひずみを生じた。」との記載、並びに、右と同じ構造の試験体、及び、外側の円形の環状体と内側の円形の環状体と、その中間の円形の環状体三つとの五重の環状体からなる本件発明の実施品と認められる試験体について実施したせん断実験Ⅲの結果として、リング筋のひずみとして、「最内環の初期および大変形時を除けば、各リング筋は、正負の繰り返し荷重に対し常に引張ひずみを示した。」との記載がある。また、乙七の4には、開孔周辺のリング金物の応力分布に関する解析的考察として、外側の円形の環状体と内側の円形の環状体と、その中間の円形の環状体との三重の環状体からなる本件発明の実施品と認められるリング筋について、解析モデルによって、その応力分布を解析したところ、「図4〜6に示すように、ひびわれを考え、クラックリンクが開くと、リング筋の応力分布は、付着のない場合では、一様な引張応力分布を示し、付着のある場合は、楕円形の引張応力分布、付着が十分ある場合は、圧縮部分のある応力分布となる。」との記載があり、付着の十分ある場合の応力分布の図6の記載によると、右の圧縮部分は、外環、中環、内環の各リングのいずれにも一部見られることが認められる。これらによると、原告は本件意見書を提出した際に、内側の環状体にも他の環状体と同じく引張力が作用することを示す証拠をその意見を証するためのものとして添付していることが認められるのであるから、この点からも、本件意見書における原告の前記の「外側の環状体に引張力が内側の環状体に圧縮力が作用しても」との記載は、先のとおり、本件明細書に記載の実験例の測定結果に基づく記述を受けた記載であり、本件発明の実施品一般について記載したものではないことが裏付けられる。
さらに、被告は、本件発明について、内外の環状体における引張力及び圧縮力による応力の釣合機構によって補強効果を上げるという原理によっているとの主張をしている。しかし、本件明細書には、被告の右の主張に沿う記載は全くないし、本件意見書の前記の「本発明は、無端の完全なループ状に形成した少なくとも内外二重の金属製環状体が同一平面上で互いに連結杆により連結されているので、……これら引張力及び圧縮力による応力の釣合機構が明確で、F・E・M・等による応力解析も可能で実験結果によく合致してクラック防止に有効であ」るとの記載も、無端の完全なループ状に形成した少なくとも内外二重の金属製環状体が同一平面上で互いに連結杆により連結されているという構造であるために、(その構造内部で、引張力や圧縮力に対しておこる)応力が釣り合う機構(応力が平衡を保つ機構)が明確であることから、応力解析が可能であるために、クラック防止に有効であるという利点があることを、特許庁の引用例の発明との差異として付記したにとどまり、本件発明の補強効果が、引張力に対する応力と、圧縮力に対する応力の両者の釣合(両応力が相互に均衡していること)という原理によって生じていることを記載したものではないことは、前に判示のとおり、この記載部分が、本件明細書の記載の中で本件発明の補強効果を特定の実験例における測定結果に基づいて根拠づけた記載部分を引用して述べられたもので、この引張力と圧縮力の記載は、当該実験例における実施例を構成する各環状体に作用した力に対応して記載されたものであり、本件発明を構成する環状体一般に作用する力として特定して記載されたものではないと解されること、本件意見書において、この記載と対比して、引用例の発明について記載されている前記の「これに対して後引例(実開昭53―74923号公報)に開示の補強金具は内外2重のスパイラル筋とこれらを連結する継ぎ筋とからなり、その全体形状が筒形であり、本発明の如く平面的でない。更に後引例の補強金具の主たる構成のスパイラル筋はその両側に端部を有し本発明の補強金具の如く無端状の環状体でない。このように後引例の補強金具は両側に端部を有するスパイラル筋からなるので、前述の如く鉄筋コンクリート梁にせん断力が作用して該スパイラル筋に例えば引張力が作用した場合に、……該引張力等による応力の釣合機構が不明確で、F・E・M・等による応力解析が困難である。」との記載内容、及び、原告が本件意見書に添付した証拠の前記の記載内容から明らかであり、被告の右の主張を裏付けるものではないから、被告の右の主張は、その根拠を欠くものであり、採用することができない、
なお、被告は、「本件発明は内側の環状体が圧縮力の作用を受けるものとされ、また、内外の環状体の釣合機構によって補強効果を上げるとされており、これらの本件発明の作用効果に着目する限り、本件発明の技術的範囲は、本件明細書に具体的に記載された実施例に限定されるべきものであり、仮にそうでなくとも、少なくとも内外の環状体の釣合機構によって補強効果を発揮する形のものに限定されるべきものである。」との主張をするが、以上に判示のとおり、被告の本件発明の作用効果についての主張はいずれも理由がないものであるから、このことを前提とする被告の右の主張は、失当である。
(二) 本件発明の構成要件Bの「連結杆」について
(1) 当事者間に争いのない被告製品の構造によると、被告製品は、「前記内側円形環状体2と前記第一正方形環状体3とを連結する四本の棒状鉄筋4とを有し」ており、右の棒状鉄筋4が、本件発明の構成要件Bの「これらの環状体を互いに連結する複数の連結杆」に該当することは明らかである。
(2) 被告の主張の検討
右のとおり、被告製品の「棒状鉄筋4」は、本件発明の構成要件Bの「連結杆」に該当するものであるが、この点についての被告の各主張を検討すると、以下に述べるとおり、いずれの主張も失当である。
① 被告は、「被告製品の四本の棒状鉄筋4は、第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5と、内側円形環状体2とを相互に連結しているものであり、原告が主張するように、第一正方形環状体3と内側円形環状体2だけを相互に連結しているものではない。前記のとおり、そもそも第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5は、これらを一体として見るべきものである以上、かように第二正方形環状体5の存在を無視して構成要件該当性を論ずることは許されない。」と主張するが、被告製品の第一正方形環状体3及び第二正方形環状体5を一体として見るべきであるとの主張が採用することができないことは、前判示のとおりであるから、このことを前提とする右の主張も採用することができない。
② 被告は、次に、「本件発明の連結杆は、本件公報四欄二六行から三三行に記載されているように、外側の環状体には引張力を、内側の環状体には圧縮力を、それぞれスムーズに伝達する機能を果たしているものであるところ、被告製品の棒状鉄筋4は、第一正方形環状体3と内側円形環状体2のいずれの補強筋にも引張力が有効に作用するように機能しているものであり、その補強機能を異にするから、棒状鉄筋4は、構成要件Bの連結杆に該当しない。」と主張するが、被告指摘の本件公報の記載は、本件発明の補強効果が前記のとおりに記載されているのであって、本件発明を構成する連結杆の機能について、被告の主張のとおり限定する記載はないものであるから、被告の右の主張も採用することができない。
③ 被告は、さらに、「被告製品の棒状鉄筋4と第二正方形環状体5及び内側円形環状体2との間は、相互に溶接されており、これによって、棒状鉄筋4は、本件発明のように単なる連結杆としての機能ではなく、独立の一個の補強材としての機能を果たしているのである。」と主張するが、被告製品の棒状鉄筋4が被告主張のとおり補強材としての機能も果たしていても、前記のとおり、この棒状鉄筋4は、本件発明の内外二重の環状体に当たる被告製品の内側円形環状体2と第一正方形環状体3とを連結しているのであるから、これと同じ構成の本件発明の連結杆としての機能を果たしていることは明らかであり、被告製品の棒状鉄筋4が本件発明の連結杆の構成要件に該当することについて、何ら欠けるところはない。
④ また、被告は、「被告製品の棒状鉄筋4は、第二正方形環状体5と内側円形環状体2とを結合していることからすると、本件発明のように同一平面上にある内外の環状体相互を連結しているものではない。」と主張するが、被告製品の棒状鉄筋4が第一正方形環状体3とともに、第二正方形環状体5と内側円形環状体2とを連結していても、第二正方形環状体5と内側円形環状体2は、構成要件Aの「同一平面上」にあるものと認められることは、前判示のとおりであるから、被告の右の主張も採用することができない。
(三) 本件発明の構成要件Cの「からなる鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具」について
当事者間に争いのない被告製品の構造によると、被告製品は、「鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具」であり、本件発明の構成要件Cに該当するものであることは明らかである。
(四) 右のとおり、被告製品は、本件発明の構成要件をすべて充足する。
そして、以上に判示したところによれば、被告製品は、前記の本件発明の効果を奏するものであることは明らかである。
よって、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属することを肯認することができるから、被告による被告製品の製造、販売は、原告の本件特許権の共有持分権を侵害するものと認められる。
三 争点2(実施料相当額)について
原告は、被告に対し、原告の右権利の侵害について、不法行為に基づく損害賠償として、特許法一〇二条二項所定の実施料相当額の支払を請求することができるものであるから、右実施料相当額について、次に判断する。
1 本件各証拠(甲五ないし七)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
(一) 原告は、本件発明について原告と共同開発した会社であり、本件特許権の他の共有権者である東急建設との間の契約に基づき、東急建設に対し、原告の本件発明の実施品(商品名「ウエブレン」)につき、実施料として、原告の工場出荷価格の三パーセントを支払っている。
(二) 原告と東急建設との右の契約において、右実施品の製造、販売は原則として原告が行うものとされ、東急建設が原告から右実施品を購入する場合には、原告は第三者への販売価格の一〇パーセントから一五パーセントを割り引いた価格で販売することが合意されているところ、原告の右実施品の年間売り上げは約一二億円で、うち、約一割が東急建設に販売代理店を通じて販売している分であり、一割程度の値引きがなされているので、東急建設は、年間約一二〇〇万円の利益の供与を受けているとみることができる。そして、原告が東急建設に支払う年間の実施料は、約一二億円の三パーセントである約三六〇〇万円であるところ、右の年間約一二〇〇万円をこれに加算した約四八〇〇万円の金額は、原告の年間売上額の約四パーセントに当たる。
(三) 原告は、右契約において、本件発明の実施品の販売促進に積極的努力を払わなければならないと定められているところ、開孔補強筋という商品は、原告の本件発明が実施されるまでは、社会的にはまだ十分認知されておらず、原告は、本件特許権を取得する前から、本件発明の実施につき、実験による改良や広告宣伝のために多額の支出を行い、その結果、この開孔補強筋という商品が認知され、その市場が広がっている。
(四) 原告と東急建設との間には、本件発明について特許権を得る前からの長年にわたる友好的な関係が存在しており、契約により実施料率が定められる際にも、このことが配慮されている。
(五)本件発明は、建設技術に関するものであるところ、社団法人発明協会発行の「実施料率(第四版)」には、建設技術の分野における外国技術導入契約における実施料率について、最近の昭和六三年度から平成三年度の期間に締結された契約でイニシャルペイントの約定の無いもの二一件中、四五パーセント一件、二〇パーセント一件、六パーセント一一件、四パーセント一件、三パーセント一件、二パーセント五件、一パーセント一件であり、最頻値及び中央値は、六パーセント、平均値は、7.10パーセントであるとの記載がある。
2 右(一)、(二)認定の事実によれば、本件特許権の二分の一の共有持分権者である原告が四パーセントの実施料に相当する額を実質的に東急建設に支払っているということができるのであるから、これは、本件発明の通常の実施料相当額が少なくとも八パーセントを下らないものであることを示す有力な基準となるものであり、また、右(三)、(四)認定の事実は、本件発明の通常の実施料相当額が原告と東急建設間で合意されたものよりも高いものであるべきことを裏付けるものであり、これに、本件発明の技術内容、その他本件に顕れた全ての事情を総合すると、右(五)の事実を参考資料として斟酌しても、本件特許権の権利者が、本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額は、少なくとも製品販売価額の一〇パーセント相当額であると認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
したがって、本件特許権の共有権者である原告は、そのうち、共有持分の二分の一に当たる五パーセント相当額を損害額として請求することができる。
3 被告製品の売上額は、前記のとおり、合計四億九一八八万円(本件訴訟提起までは三億〇五二八万円)であるから、原告が請求することができる損害額は、その五パーセントに当たる二四五九万円(本件訴訟提起までは一五二六万円。ただし、いずれの金額も、原告が請求するとおり、万未満切り捨て。)である。
四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官設樂隆一 裁判官橋本英史 裁判官中平健)
別紙特許公報<省略>
目録
次の図面及び構造の説明に示す鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具(商品名「ダンガード」)
一 別紙図面の説明
1 第1図は、鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具の正面図である。
第2図は、第1図の裁断図面である。
2 各図における参照番号は、次を示す。
1……製品全体
2……内側円形環状体
3……第一正方形環状体
4……棒状鉄筋
5……第二正方形環状体
二 構造の説明
無端状の金属製の内側円形環状体2と、無端状の金属製の外側の第一正方形環状体3と、該第一正方形環状体3に対して四五度の回転角度差をもって各辺において該第一正方形環状体3に固定された第二正方形環状体5と、該第二正方形環状体5の四隅の内側から取り付けられ前記内側円形環状体2と前記第一正方形環状体3とを連結する四本の棒状鉄筋4とを有し、これら内側円形環状体2と第一正方形環状体3とが同一平面上にある鉄筋コンクリート有孔梁の補強金具である。